とあるIT屋の独白

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錯覚資産と感情と事実

少し前ですが、錯覚資産を上手く使って世の中を上手く渡る、というのが流行ったと思います。この錯覚資産とは「「人々が自分に対して持っている、自分に都合のいい思考の錯覚」及び、それを引き起こす事実」と、錯覚資産が提唱している人が述べています。

diamond.jp

錯覚資産自体は問題では無いと私は思っています。なぜかというと、自分は嘘を付いてるわけでもなく、ただ人に話せる事実だけを言っているにもかかわらず、周りがそれ解釈した結果、想定以上の評価を得られたというのに過ぎないからです。現に私も、自分ではたいしたことやってないつもりでも、なぜかすごい人みたいな雰囲気になってしまうような場面が何度かあったりしました。
では、この錯覚資産を意図的に作ろうとしてしまうとどうなるか。IT界隈で頻繁に話題になるテックキャンプの「転職成功率99%」というのを例にしてみましょう。99%という数字は、そこそこ名が通ってる会社が言ってる以上は「嘘」ではないのでしょう。ただ、色々なところで指摘されている通り、受講した人全員が母数になるというわけではなく、運営側でフィルタリングをかけた上での数字という話もあったりします。

 
今回の私の記事では特にテックキャンプの批判を目的としているわけではないので、何が本当の事実かはおいておいて、この意図的に錯覚資産を作り出してしまうことが、今テックキャンプに限らず問題だと私は考えています。もちろん、当事者は事実と信じ込んで言っているのでしょうが、その客観性が欠如していて、第三者から見ると嘘はついてないっぽいんだけどなんかそれ違うよね、という気持ち悪い状況が生まれてしまっています。下記の記事で述べられているような、まさに「誰もが感じたいことを感じて、それが真実になる」というのが近い感覚かなと思います。

toyokeizai.net


もちろん、感じたことをきちんと発信することは大事なことです。しかし、事実を度外視したある種の感情任せの発信は、時に事実を歪曲して、またその歪曲された事実が他の人の別の感情を呼び起こすような、負のループに陥ることもあると考えています。
なりたい自分の理想像みたいなのは持ってる人も多いと思います。ただ、自分を良く見せたいという感情が先走りして、実績や経歴等を自分の都合の良いような解釈で人に発信をするのは、やはり悪手だなとは感じます。結局はそれが疑わしいものに見られ、自分も得をしないし相手からも信頼されないといったことが起こり得ます。
だから、我々がまずやらなきゃいけないのは「現実を見る」ことであって、現実を見ないことには正しい方向に感情も向かわないと私は考えています。理想像を作るのも全然良いのですが、理想像の最初のスタートは現実であるべきだと思います。現実から始まらない理想像や感情はやはり虚像にしかならないし、結果として感情任せに事実を歪曲することになってしまうのかなと感じます。