とあるIT屋の独白

ITや経営について主に書きます

年功序列型の賃金体系からの脱却

以前に私のブログで、成果主義について書きました。

toaruit.hatenablog.com

 

この記事では私が考える成果主義について書いたのですが、今回はなぜ成果主義へのシフトが必要なのか。なぜ今の日本の賃金体系だとキツいのかというのを、もう少し掘り下げていきたいと思います。
従来の日本の年功序列型の賃金体系だと、原則として年齢が上るにしたがって、給与も上がるという仕組みです。ただ、そこには「何年も辞めずに毎日きちんと会社に行く」というのが前提としてあって、例えば育児休暇や体調不良で少しの間休むとかしてしまうと、出世コースから外れてしまうということもあったでしょう。今でもその風習は続いてると思ってて、だから出産や育児のライフステージがある女性が不利になってしまようには感じます。(もちろん今のご時世、育児は男性もやるべきですが)

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つまり、年功序列型の賃金体系は働き続ける男性をモデルケースとしたものであって、もちろん会社が高い給料を保証して解雇も絶対しないということなら成り立つかもしれませんが、もう今はそんな世の中でないことはみんな認識しています。会社もどうなるか分からないし、社員も高い給料を保証されてるわけではない、そしていつ辞めるか分からない。そんな中で年功序列の考えは、成立要件としてはかなり厳しい状況であると言えるでしょう。

そもそも、「毎日会社に行く」であったり「決まった時間働く」というのが会社が利益を上げる上で重要ではなく、あくまで「成果を出す」そして成果によって利益をあげることが会社にとっては重要なわけです。下記の記事にあるように、限られた時間・環境でいかに成果を出すか、という方が今の時代には合っていて、成果に対して適正な給料を支払うことが人材の有効活用にもつながると私は感じます。

shuchi.php.co.jp


たびたび問題になる新卒がすぐに辞める問題についても、同様の文脈と私は感じます。結局、若い人は会社が将来的に存続するとは限らないと思ってるし、自分もクビを切られるリスクはあると考えているでしょう。そんな中で若い間、年功序列型の賃金体系で安い給料で働かされたら、そりゃ転職するでしょうという話です。

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結局、年齢や性別による賃金格差を是正するには、この年功序列型の賃金体型や働き方を変えることが対策としては、必要になってくるでしょう。個人的には会社に在籍したまま、働きたくない時は給料0で、ちゃんとモチベーションが上がって高い成果が上げられる時に働いて高い給料をもらう、って感じでも極論良いと考えています。
人間がやる以上、出す成果には波があって、パフォーマンスが出ない時に無理に働く必要はないと思ってます。今後より高い成果が出せるような環境の整備には、柔軟な働き方セットになってくると思ってて、会社のあり方自体も変わっていくのではないかなと考えています。

中東情勢(2021年時点)の経緯について考えてみる

タリバンアフガニスタンの首都を奪還という大きなニュースから少し経ちましたが、その後もアフガニスタンでは衝突やテロなんかが断続的に起きてて、全く落ち着かない状況が続いてます。ここら辺の地域は前から紛争やらなんやらが起きてて、もう収拾がつかないのですが、なぜこんなことになってしまったのか。今回は少し時間を巻き戻して、経緯等について個人的にまとめまてみました。
タリバンが実効支配を実現する少し前、2020年トランプ政権の時から、アメリカのアフガン撤退は計画されていました。バイデン政権もそこは継続していて米軍撤退が決定していたからこそ、タリバンが首都まで到達できたというのはあると思います。
さて、そもそもなんで米軍ってアフガニスタンにいたんだっけってのは、けっこう多くの人が見落としているような気がします。当初はテロ組織つまりアルカイダが、アメリカの標的でした。ただ、ビンラディンを殺害し、今のタリバンは表向きアルカイダとは関係ないと言ってる中で、米軍が多額の金を投じてまで意義が薄くなってきたかなとは感じます。

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とはいえ、おそらくアフガンにはまだアルカイダはいると思うし、テロも減っているわけではありません。軍隊が駐留することで多少の抑止にはなるものの、根本的に排除することは困難という判断なのでしょう。
では、そもそも、この雲を掴むような存在であるテロ組織は、なぜ生まれてしまったのか。

以下にアルカイダのざっとした歴史がまとめられています。アルカイダは元々はテロ組織ではなく、傭兵部隊的な感じで各国の紛争地域で活動しました。そこからサウジアラビアアメリカ軍が駐留したことをきっかけに反米感情が高まり、90年代にテロ組織化の方向に進むことになります。

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アルカイダについては特に激しい反米感情を持っていて、最終的に911を起こすわけですが、ではそもそもなんでこんな激しい対立になってしまったのか。もちろん、イスラムの地域にアメリカ軍が駐留したのは一つ挙げられますが、それだけでここまでのことするか、と私だったら思います。

もう少し視点を中東に広げると、こういったアルカイダの動きは中東情勢とかなり関連していると私は感じます。下記の記事に中東情勢の歴史がまとめられてますが、80年代後半から90年代にはパレスチナ問題を皮切りに、エジプトやサウジアラビアなどで、民衆の蜂起が起きた時期になります。その蜂起の最中で生まれたのが、パレスチナハマスでありアフガニスタンタリバンであったり、各地で生まれたテロ組織だったりします。

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で、なぜこのような組織が生まれたかというと、結局は政府の圧政に対する反発があると私は考えています。反発する人が多ければそれは組織になるし、政府の圧政を覆すには武力しかないという思考にはなってしまうでしょう。そして、その圧政の裏には、当時はアメリカの影がちらついていたように思いますし、アルカイダアメリカを敵視していたのだと思います。

圧政を行うとそれに反発する組織が生まれて、武力衝突やテロが起きる。これは80年代後半から今に至るまで繰り返されてきたことです。たぶんアメリカやタリバンもそれをだんだんと認識していると思ってて、だからこそアメリカはアフガンから撤退したし、タリバンも融和的な姿勢を表向きとっていると感じます。
今後、方針や思想に相容れない人たちをどうするか、というのは考えるべき課題です。圧政や武力で押さえつけるのではなく、うまいこと棲み分けできるスキームを、真剣に考えていく時代になっていくのではと私は感じます。

第二の矢を中心としたアベノミクスの考察

今年もそろそろ、終盤という時期にさしかかっています。なかなかコロナによる不況からは脱せず、業界によっては壊滅的な状況が続いていますね。自民党に対する風当たりも強くなってきていて、そろそろ政治なんとかしろよという雰囲気も感じるところではあります。少し前に高市さんが「アベノミクスを継承」みたいなことを言ってましたが、そもそもアベノミクスの総括をちゃんとやってる感じもしません。ということで、今回は個人的にアベノミクスの特に「第二の矢」を中心に、少し個人的に考察をしたいと思ってます。
そもそも、アベノミクスってなんぞやという話ですが、下記の記事に概要がまとめられています。一の矢が金融政策、二の矢が財政政策、三の矢が成長戦略、となります。

kotobank.jp

さて、第一の矢によって現金の流通量が大幅に増加した結果になりました。下記の記事にある通り、アベノミクス政策を行う前の倍以上になっていることが分かりますね。

statdb.jp


実際にお金をばらまくだけでは、意味をほとんどなさないと私は感じます。使われないお金が溜まるだけでは税収も増えないし、現実問題として税収が増えないから増税という不景気な話も聞くところではあります。そこで出てくるのが財政政策なわけで、国が様々な投資を行うことで民間の需要や投資を誘発させるというのが目的になってきます。ばらまいたお金をいかに使わせるかが大事ですね。
では第二の矢は結果どうなったかというと、2度の消費税増税で、公共投資の効果が十分に出ず個人的には失敗に終わったかなと感じます。

www.asahi.com


増税を行ったことで、人や企業は金を使うモチベーションが低下して、結果民間需要や投資が十分に伸びなかったというのが現状と私は考えます。もちろん、コロナによる影響もあり、今や需要が激減している業界もあって、使われないお金が増えていくという状況は続いているでしょう。

政府もこの状況を指を加えて見ていたというわけではなく、企業側にちゃんと人件費等を上げて、内部留保を使わせる働きかけはしていました。ただ、繰り返しになりますが、税金を上げてしまったという点と、民間の需要や投資を呼び込むまでの公共投資が実現できず、結果あまり上手くいかなかったということになるかなと思います。

president.jp


安倍さん自身は、まだ財政出動を行う余地があるとは言ってるみたいですが、ただ一度政策を失敗した人なので、もう一度総理として期待することはできないと思います。とにかく、この第二の矢をきちんとやりきるのが今は必要で、そうじゃないといつまで経っても使われないお金が増えていくし、我々の賃金も上がりません。色々な圧力があるのは分かりますが、この第二の矢を政治家としてやりきれる人が必要と私は考えています。

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なぜコロナは日本で拡がったか、2020年初旬の考察

2021年になっても、まだコロナは収束しないですね。もちろん日本だけじゃなくて、諸外国においても厳しい状況は続いていて、ほんとゲンナリしますよね。もう拡がっちゃったものはどうしようもなくて、現実的に収束させる手段はワクチンを打ったり治療薬を開発したりするしかなくて、人の行動を制限するのは、ぼちぼち限界なのではと私は思います。ただ、なぜ拡がってしまったのかっていうのは、やはり一度個人的に考察しておきたくて、特に2020年初旬の時期にフォーカスして、今回は記事として書いてみたいと思います。
さて、2020年初旬の時系列をざっとまとめられているのが、下記の記事です。ここで今回注目したいのは「2月5日のダイヤモンド・プリンセス号」と、「1月16日の国内初の感染者」です。

news.yahoo.co.jp

 

まず、ダイヤモンド・プリンセス号についてです、、ダイヤモンド・プリンセス号の時系列的な経緯は、下記の記事に詳細にまとめられています。ダイヤモンド・プリンセス号は「1月20日」に日本を出発、「2月1日」にコロナ陽性の人が発見されて、「2月3日」横浜港に入港したという流れです。

www.niid.go.jp


船内の対応は下記の記事でざっとまとめられていますが、個人的には船内の対応というよりはその後の下船させた時の対応が非常にまずかったと思います。「船内での検査が陰性とされ、下船した日本人の乗客の感染が、栃木県や徳島県、それに千葉県などで相次いで判明」した結果、コロナが各地で拡がってしまった要因の一つとなってしまったと考えています。さすがにここまでコロナが危険という認識があった中で、ちゃんと隔離の対応を取らなかったというのは危機感の欠如と言えるでしょう。

www.nhk.or.jp


また、「1月16日の国内初の感染者」が出てしまった上で、ダイヤモンド・プリンセス号を「1月20日」出発させてしまったのは、今考えるとちょっと認識が甘かったと言えるでしょう。もちろん、このタイミングでコロナがそこまで危険なものという認識があれば、行動も変わってたと思いますが、一足その認識を持つのが遅かったというのは不運ではあります。

さて、この「1月16日の国内初の感染者」はどのように感染したのか。下記の記事にありますが、この方は武漢から帰国された方で、武漢といえばコロナの発生源と言われてる場所です。記事は「1月16日」に書かれているのですが、武漢はヤバいのではないかという雰囲気はこの時点で察知はしているわけです。

www.mhlw.go.jp


さて、この時点ですでに春節始まりで、武漢から日本に来ている人もいる状態でした。その状態でコロナが拡がらないわけはなく、1月24日の武漢への渡航中止勧告は時すでに遅しという感じで、コロナに感染した人がすでに日本に入ってきている状態でした。

www.fnn.jp


個人的な感覚としては、あと1〜2週間早くコロナの危険性に気づいていれば、初期の感染拡大はある程度防げたと感じます。そうすれば武漢から人が入って来たり、ダイヤモンド・プリンセス号を出発させないという対応も現実的にとれるからです。では、なぜ初期の判断を誤ったのか。

下記の記事によると、1月16日時点で「厚生労働省は「人から人への感染リスクは比較的低い」「日本での流行可能性は低い」との見解」でした。それは中国からの情報を、鵜呑みにしてしまっているからと私は推測しています。中国では「武漢市では1月11日に新型肺炎感染者が41人確認されたと発表して以降、毎日「新規患者はゼロ」と発表」とし、おそらく事実を歪めた形で情報を発表したのでしょう。

webronza.asahi.com


きちんと事実を発表しなかった中国はもちろん論外なのですが、それを鵜呑みにしてしまった側にもやはり問題はあると思います。信頼に足る相手かどうかを見る目と、自分の頭で思考するということが明らかに欠けていたように感じます。やはりターニングポイントは「1月16日」で、この時点でちゃんと情報収集して危険性を認識していれば、また対応は変わってきたのではないかと思います。

別に日本政府だけが悪いわけではなく、日本全体がこういう傾向になってしまって、だから情弱ビジネスがいまだにはびこってたりしているように思います。別に全部が全部疑えというわけではなく、ちゃんと相手を見て判断するということが大事で、この「判断力」の低下がコロナの感染拡大の要因にもなっていたのではと私は感じます。

イノベーションとは何なのかあらためて考えてみる

変化の激しい時代、イノベーションが必要だ、みたいな意見はよくあると思います。変化に対応するためには何かを変えなきゃいけないし、そのためにいわゆるイノベーションが必要という気持ちは分かります。ただ、イノベーションという言葉が成功するばかりで、結局何やりたいんだっけってのが、なかなか見えてこないケースもある気はします。
そもそも、イノベーションという定義はどのようなものか。下記の記事に色々定義はあるのですが、シュンペーターの「従来とはまったく違う、革新的な新商品(新製品・新サービス)を開発すること」が多くの人がイノベーションに持つイメージなのではと感じます。

www.hrpro.co.jp


では、新しい技術で商品を作ったら、それはイノベーションで成功に結びつくかというと、実際はそうではありません。下記の記事にある通り、特に日本の電機企業の衰退を見れば分かりますが、新しい技術を開発してそれを製品化してきたにもかかわらず、結果が出てるかという話ですね。家電系は中国や韓国の企業にやられっぱなしが現状で、もちろん技術が流出してしまったのも大きな問題ではあるのですが、イノベーションをどう考えるかという点は弱かったようには感じます。

eetimes.itmedia.co.jp


こう考えると、技術的なイノベーションだけでは厳しいのではと思われますが、技術的に新しいことに取り組むこと自体は悪いことではなく、それをいかに届けるかという視点が欠けていると成功には結びつかないと考えています。じゃあどう届ければ良いのかというと、前にこのブログでも紹介した「ジョブ理論」が出てくるわけです。

ジョブ理論は、イノベーション研究で有名なクリステンセン教授が提唱した考え方です。顧客の課題であったり文脈や背景を起点として、それを「ジョブ」と定義し、いかにジョブを解決するかということにフォーカスする理論です。まずは解決するジョブを定義しないと、いくら新しいものを作っても、それは顧客にささらないということがあり得るわけです。

www.itsportsbiz.work


台湾でもITの取り組みも、このジョブ理論に基づいていると私は感じます。台湾のIT化は、おそらく多くの人がイノベーションの事例として挙げるものではないでしょうか。ただ、台湾もイノベーションを起こそうと思ってやったわけではなく、地震学生運動が起きたりして、そこに課題であったり危機感があったりして、草の根的に起きたものと私はこの記事を読んで感じました。

forbesjapan.com


記事中にある「15歳の子の声に耳を傾ければ未来は近づいてくる」というのは印象的で、まだ権力も何もない若者のジョブを認識してそれをどう解決に導いていくか、こういったことがイノベーションにつながるのではないかと私は感じます。日本にいる我々も「偉い人が言ったから」とか「マスコミ受けがするから」とかじゃなくて、もっと現実世界で生活している大衆にフォーカスしていかないと、良いサービスやプロダクトは生まれないし、台湾のようにもなれないのかなとは感じます。

やってる感と成果の評価

少し前ですが、日本政府が行った酒の取引停止要請が大きな話題として取り上げられましたね。もちろん、酒類を扱ってる業者からしてみたら大迷惑だし、国民感情が分かってないという批判はまぁその通りだなと思うわけですが。

toyokeizai.net


じゃあ、なぜ政府や官僚が、この一見悪手にしか見えないことをやろうとしたのでしょうか。コロナがまだまだ収束しない中、何かしら対応をしなければ、という気持ちは分かります。ただ、この何とかしなきゃといった結果、「やってる感」を出すといった方向になってしまったのではないかと感じるわけです。このやってる感を出すのが上手なのが小池さんかなと私は考えていて、まぁ上手く立ち回ってる印象はあります。

wpb.shueisha.co.jp


特にこれは政治の批判だけというわけではなく、身の回りの人にもいるような気はします。ちょっと極端ですが、下記のような記事の人で、なんか「成長しなきゃいけない」とか「金を稼がなきゃいけない」のような、目的意識なくこのように考えてしまう人は、そこそこいるようには思います。このなんとなく意識を高く持つという行為はあまり好きではなくて、今ある問題に対して向き合っていないようにしか見えない、というのが率直な感想です。

withnews.jp


結局こういうのも「やってる感」でしかないと個人的には思ってて、大事なのは「やってる感」でなく「どのような成果を出したか」だと思うわけです。日本のいわゆる旧来の中間管理職は、まさにやってる感を出すのが上手い人が多いと感じるわけですが、その結果自分に何が残るかというかという問いにおそらく答えられないのではないでしょうか。そして、会社であったり社会は、この「やってる感」に対していずれ評価しなくなるでしょう。

gendai.ismedia.jp


世の中が変化せず、事業も今まで通り続けていけば問題ない、ということであればこういった振る舞いでも良いのですが、世の中は目まぐるしく変化するし、そこに対してどう打ち手を考えるのが今は求められています。そんな中で必要なのは、今起こってる問題に対して、どういうアプローチで成果を出すか、ということだと私は考えています。
成果の出し方は人それぞれだと思います。例えば、人を集めたりするのが上手い人だったらマネージャーという立場になるし、ものを作るのが上手い人ならエンジニアという立場になるでしょう。ただ、漫然と指示を出したり勤怠を管理するような管理職は不要で、そんなのは今の時代ツールでカバーできるわけです。人の強みというのは、問題の把握とそれに対する道筋をつけることにあると思ってて、どういう職種であれ、それは求められてくること考えています。逆にそういったことを思考せず、ただやってる感を出す人は、今後淘汰されていくのではと感じます。

人たらしであることと偉くなること

日本だと豊臣秀吉に代表されるような、人たらしであることが、偉くなるために必要な印象を私は持っています。最近の日本の総理大臣、安倍さんも菅さんも、リーダーシップというよりは、どちらかというと人心掌握が上手いタイプな感じをしています。
下記の記事にある、菅さんの振る舞いなんかまさにそうでしょう。前任の安倍さんであったり現在自民党幹事長の二階さんもそうですが、人心掌握系の人が日本の政治の中枢にいることが直近では多いような気もしています。

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ただ、秀吉が人たらしであることは、あくまで後世の人が伝えてきた歴史であると私は考えていて、本当に秀吉が人たらしであったかは分かりません。人たらしでないと偉くなれない、みたいな後世の人が作ったストーリーで、秀吉が祭り上げられた可能性もあるのではとは感じます。
そして、人たらしであるためには人に好かれなきゃいけないという、強迫観念みたいなものが生まれてしまう面もあると思います。もちろん偉くなるためには、そういうことも必要という考えは理解はできます。ただ、自分の特性を鑑みずに、無理に人に好かれようとするのも違うかなとは思います。一昔前は、それがある種必須であるような雰囲気もあった気がしますが、今の時代そういった考えは少しずつ変わってきてはいるとは思います。

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そもそも、人たらしじゃなきゃ偉くなれないという考え方は、個人的にはあまり好きじゃないです。戦国時代においてもその後に続く江戸時代の先駆けとなったのは織田信長だし、織田信長が人たらしであったという話はあまり聞きません。
昨今の日本の状況はどちらかというと、戦国時代のカオスな状況に近い感じはしています。誰も何が正解が分からないし、どういう方向に行くべきかも定まってない。そんな時は、とりあえずこっち行ってみようぜと言える人であって、強い意志を持った人が求められているのではないでしょうか。
下記の記事には「一流の男は人に好かれようとしない」と書かれています。もちろん、一流の考え方は時代によって変わると思うし、人たらしが一流であった時代もあるとは思います。ただ、今の時代は人に無理に好かれるよりは「自分はどうしたいのか」という意志を持った人が、人を惹きつけるのではないかと感じました。

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