とあるIT屋の独白

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結婚できないことに関する考察

近頃の人は結婚しない、できないと言われ続けて久しいですが、かく言う私も独身でして、このまま結婚できないという可能性も全然ありうるわけです。近頃では親からも結婚しろとか言われなくなって、周辺からも半ば諦められているという年頃なりました。
実際に結婚できない中年男性の人は、おそらく増えていくだろうし、下記の記事によると340万人が結婚できないだろうと言われています。それは中年の男性の絶対数が多いのと、恋愛に長けた男性が結婚離婚を繰り返してある種の2極化状態になっているという、2つの要因が挙げられています。

gendai.ismedia.jp


さて、昔は結婚できた人が多かったのになぜ今はこんなにも難しくなっているのか。それは、お見合いというシステムが事実上、崩壊していることが一因として挙げられています。以前はある種不自由な結婚をさせらていたからこそ、結婚率が高かったのであり、今のように自由に結婚していいですよとなったら、今度は結婚できない人がワンサカ出てきたわけです。

woman.mynavi.jp

 

以前に私の知り合いだった人が、結婚できない男は何かしら問題があって、結婚できない人よりもある種離婚経験がある人の方が人間的には魅力的だ、みたいなことを言っていました。それは一つの意見としてはそういうのもあるかなとは感じますが、個人的にはこのような意見はあまり好きではありません。私自身、イケメンでもないし、お金それほど持ってないし、コミュニケーションが上手いわけでもないです。じゃあそんな自分が人間的に問題なのか。結婚できない人は問題だという意見の立場からすれば、おそらく私は問題ある人間でしょう。
結婚するにも、ある種のスキル的なものが必要な時代ではありますが、そこには必ず得手不得手が出てきます。おそらく私は不得手な側の人間でしょう。であれば苦手なフィールドで無理するより、他のフィールドで自分の良さを活かせる場所で楽しみを見つけた方が、何倍も生産的だと思います。せっかく結婚が自由な時代になったのに、結婚できる・できないで人を括って評価するのはナンセンスになってくるのではと感じます。
最近話題になった光浦靖子さんの以下の記事、個人的にはけっこう共感できました。「なんで普通の人みたいにできないんだ」という気持ちになることが私にもあって、ただ普通の人みたいになりたいと思って行動しても中々うまくいかない。だったら、このままの自分で生きていく、というスタンスは今の時代は選択肢としてありだと私は考えます。

blogos.com


下記の記事にある通り、これから我々を待ってる世界観は「分断」と思ってます。多様性や自由が重要になってくる中で、結婚したくない人やできない人が増えてくることは、それ自体はあまり不思議ではないです。そして、ある種の層が出来て、その層ごとに正義や共感するポイントは変わってくるでしょう。私個人としては別にこの分断の世界観が嫌というわけでもないし、まぁいたしかたないことなのかなとは感じます。
この分断におそらく多くの人が気付いてなくて、少し前の世界観で別の層の人を評価する人はまだまだいる状況でしょう。ただ、その評価にめげずにいかに自分を曲げないかというのは、生きていく上でけっこう大事な気はしています。

tomyuo.hatenablog.com


「結婚できないの?」というマウントをとってくる人もたくさんいると思いますが、私としては仮にこのまま結婚できないとしても、結婚できた人よりも楽しく生きたいと考えています。自分自身がそういう生き方をすることで結婚とか関係なく自由な生き方が出来るというのを、追求していければ良いなと思ってます。(決して結婚したくないとかではないですが・・)